アルザス地方の家庭料理「ベッケオッファ」

アルザス地方の家庭料理「ベッケオッファ」

ほくほくした温かいものが嬉しい季節になってきました。今回は、「ベッケオッファ(別名:ベッケオフ、ベックオフ、ベーカーホフ、ベッコフ)」という、フランスはアルザス地方の温かい家庭料理を紹介します。

ベッケオッファ”Baeckaoffa”とは“Baker Oven“つまり、「パン屋のかまど」という意味。アルザスのリースリングの白ワインに一晩漬け込んだお肉を、2キロものじゃがいも、その他の野菜と鍋に敷き詰め蓋をして2、3時間じっくりオーブン煮込みにします。また、コウノトリや草花など可愛らしいペインティングが施されたアルザスの郷土品であるテラコッタの蓋つき両手鍋は、この料理に使われることで非常に有名なため、同じ名前で呼ばれています。

およそ150年以上前から存在するといわれているこの料理の始まりについては、大きく分けて2通りの説があります。

最も有名なのが「主婦が最も多忙な月曜日(近世のヨーロッパでは“ウォッシュマンデー”と言って、洗濯は月曜日に一日がかりで行う大仕事でした)に、材料を仕込んだ鍋を朝からパン屋さんへ託してかまどの余熱で調理してもらい、仕事が片付いてから出来上がったベッケオッファを受け取って、家族みんなで食べました」という”ウォッシュマンデー説”。

もう一つが「日曜に教会へ行く前にパン屋さんに鍋を持ち込み、礼拝が終わった後に調理済の鍋を持ち帰って家族みんなで食べました」という“日曜礼拝説”。

いずれにせよ「鍋ごとパン屋に持って行く」「かまどの余熱で調理する」というところは共通。あくまで余熱とはいえ、民間人のごはん作りにパン屋さんがこんなにも協力的!?という現代社会ではあまり考えられない光景ですが、各家庭にまだガスがなかった頃の話。パン屋さんと主婦たちとの井戸端会議の中、多忙な月曜日の話になって、「それじゃあ鍋に色々入れて、朝ウチに持ってきなさいよ。かまどに余熱、残ってるからさ!」風なやり取りでもあったのでしょうか。日々の営みが町ぐるみで行われていた古き良き時代を思わせ、これまたホッコリするメニュー「ベッケオッファ」。

今回は、実際に調理していきます!

≪材料(ベッケオッファ)≫
・牛すね肉……300g
・鶏の手羽先……300g
・ソーセージ(大き目)……3本
・白ワイン(アルザスのリースリングまたは辛口タイプ)……500cc
・にんにく……2かけ
・市販のブーケガルニ……1袋
・ローリエ……1枚
・クローブ……2個
・じゃがいも……500g前後
・にんじん……1本
・たまねぎ……1個
・長ネギ……1本
・バター……20g
・塩……8g
・水(煮込み用)……300~400cc

 

≪作業時使用≫
・薄力粉100g
・水(生地練り用)60cc

肉類は牛、豚、羊の3種類を使うのが本流ですが、今回は牛、手羽先、ソーセージに置き換えます。
また、本場のテラコッタ鍋の代わりに、まるごとオーブン対応可のホーロー製鍋(直径23cm)を使います。



【1】材料を切り、冷蔵庫で寝かせる

・牛肉をぶつ切り、ソーセージは斜め2ツ切り、にんにくの芽を取る。
・肉類をブーケガルニ、ローリエ、クローブ、にんにくと共に白ワインでマリネし、乾かないよう上面はラップして一晩冷蔵庫で寝かす。
・翌日、ザルで漉して材料の水気を切る。マリネ液は使うので捨てずに保存し、アルコール分が気になる場合はマリネ液を小鍋で沸かしアルコールを飛ばす。

【2】野菜を切り、鍋に敷き詰める
・じゃがいもとにんじんの皮をむき5mmほどにスライス、じゃがいもは少々水に晒してから水気を切る。
・鍋の内側にバターをまんべんなく塗り、①じゃがいも以外の野菜(1/2)②じゃがいも(1/2)③肉類(全量)④野菜(残り)⑤じゃがいも(残り)の順で鍋に敷きつめる。
※8gの塩を1段ごとにまんべんなく具材へ振り、最後のじゃがいもで全量がなくなるよう調整する。


 

一番上のじゃがいも、層が綺麗に見えるよう並べてみました。もちろんざっくばらんに散らばせてもOKです。

【3】水分を調整する

・マリネ液に浸っていたブーケガルニ、ローリエ、クローブをじゃがいもの上に置き、マリネ液を注いで全体をギュッと押しマリネ液の浸かり具合を確認。
・水分が足りないようなら水を足し(1.5カップ~2カップ)、じゃがいもがひたひたになるようにする。

【4】蓋を密閉させる
・分量の小麦粉と水をボウルで練り、しっかりまとまるまで捏ねたら、生地を細い棒状に伸ばして開いた鍋ふちをぐるっと囲み、上から蓋でギュッと挟み密着させる。



いよいよオーブンへ…というところで、唐突に粉を練ります!これにより水分を逃がさずに加熱することができるのですが、ここは可食部分ではなく“あくまで蓋を密閉させるためだけの用途”というのが面白いところ。

民間人の鍋とパン屋さんの大きなかまどのスペックに差がありすぎて、鍋蓋の隙間から水分が逃げて食材が乾いてしまうことを懸念したパン屋さんが、エイヤっ!と練り上げた生地を鍋のふちに巻き付けて蒸発を凌いだのがこの工程の起源なのだろうか…と、練りながら想像が膨らみます。

ちなみにアルミホイルなどで代用も可だそうですが、今回は伝統スタイルにのっとります。

【5】200度に温めたオーブンで120分焼く



出来上がりました…!
周りの生地がこんがりといい色で、”パン屋のかまど感”を醸しています!焼けた生地に包丁の先をあて、包丁を握る手を拳でコンコン…とノミで削る要領で剥がしていきます。

くれぐれも火傷に注意ですが、ここは非常に気分が盛り上がる工程なので、ぜひご家族や客人の眼前で、パフォーマンスとして披露しましょう。



蓋を開けると、じゃがいもがホックホックです!にんにくもいい色に…!




並べたじゃがいもをどけて中を確認すると、野菜もお肉も、触れただけでぐずぐずになってしまうほどしっかり煮込まれていました。肉や野菜の凝縮したスープ、ワインの酸味、そして塩味が溶けあって、滋みる味わいです…。

温かな煮込み料理に、あえてキリッと冷たいグランクリュのリースリングを合わせてみると。そもそも牛肉は赤ワインと合わせるのが定番ながらも、ここまでじっくり煮込んであればタンニンを必要とせず、牛すね肉の旨味と凝縮感あるリースリングが意外にも良く合います。

塩味の程よく抜けたソーセージといい、シンプルながらも旨味と脂は全体にしっかりとある料理なので、フレッシュな酸味やミネラル感と非常に相性が良いです。

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この料理に使う唯一の調味料、塩。マリネ液と煮込みに用いたリースリングワインの酸味と塩味のバランスは美味しさのポイントなので、8gきっちり計量し、具材を敷く工程で各段に均等に散らせ、しっかり全量を使い切りましょう。

また材料に触れた手指のままだと、塩が指につき量が減るので、都度しっかり指の水気を取って塩を振るのも重要です!

今回情報提供いただいたアルザスのワイナリーポール・ブルケールのご担当さん曰く、「僕にとってベッケオッファは、日曜日におじいちゃんやおばあちゃんと一緒に食べた、家族の思い出が詰まった料理。どこのアルザスの家庭も、きっと同じだと思う。使う材料やちょっとした味の秘訣は各家庭ごとに違っていて、その家だけのレシピが存在するよ。」とのこと。シンプルな調理法だからこそ、季節に応じた野菜を使ってみるなど、バリエーションを変えてあれこれ楽しめそうです。

ちなみに、オーブン焼きならではのメニューではありますが、ご自宅にオーブンがない、もしくはオーブンで使える鍋がない(本体はオーブンOKでも蓋のみNGの鍋もあるのでご注意を)場合は、コンロの弱火でじっくりコトコトしてもOKですし、ダッチオーブンをお持ちであればアウトドア料理としてキャンプの時に屋外でゆっくり調理するのもおすすめです!

素材とワインの旨味が凝縮された、五臓六腑に染み渡る滋味深い味わいのベッケオッファ。この冬、どうぞ一度お試しください。